2017年8月17日木曜日

【陰隲録】功過格表133 努力しないで異世界はスマートフォンとともにGO!  十善 いい人を紹介しよう⑩













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そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。

【開運講座:陰隲録・功過格/袁了凡】のシリーズ記事一覧はこちら



功格五十条(善行のプラス50項目)

・善行の結果として、お礼の金や物品を受けた物を除く

十善に相当する行為
◯一有徳人を薦引す


前回の紹介制会員クラブの話の続きです。


玉の輿




前回で、紹介制会員クラブのメリットを話して来ましたが、問題は、どうやったら上位のクラブに入れるかを検討しなくてはいけません。


しかし、そもそも、紹介されるということは、
対象者が、推薦人から、その会員制の集団のレベルにふさわしい者という、お墨付きを得たということです。

実力にせよ家柄にせよ、それなりの物を持っているということです。

何も持ってない者は、そもそも紹介などされません。

人間は誰しもが、自分よりも上の人間と、おつきあいしたいと思っています。

まあ、中には下位の人間にマウンティングしたいと思っていたり、搾取したいと思っている人間もいますが、
そんな人間は、相手にする必要はありません。

※陰徳のために弱者を世話している人は別ですが。



一般に、開運的に、環境を変えることで開運するというイメージがあります。
それはそれで間違いでは無いのですが、実は、半分間違いです。

その、環境に入る前に元々、共通する因子があるのです。


例えば、下の階層から、玉の輿で上に上がる男女がいたとして、少なくとも、その人は、玉の輿に上がるだけの容姿というレアな価値を持っていたわけです。

※運命学的に見れば、玉の輿になる星(八字だと華蓋とか)を生まれつき持っているのです。


要するに、実力が元であって、上流に入る上手い話は無いのです。






努力




じゃあ、上位に、ふさわしい実力をつければいいじゃないかと気軽に言う人がいますが、
そんな都合が良い話は、そうそうありません。

努力すれば何とかなるというのは、努力出来る者の戯言に過ぎません。
ましてや、才能のある者が努力したら、どうやって凡才は追いつけると言うのでしょうか?

レベルアップと簡単に言いますが、RPGですらモンスターと死闘を経なければ上がらないのがレベルです。

トラックに轢かれ、て異世界転生時に、神様からスマフォとチートスキルを貰わない限り、レベルアップは、凡人には不可能なのです。

※あまり知られていませんが、この地球の成功者は、みんな異世界からの転生者で、地球に転生する時に神様からチート能力を付与されています。




ダメダメばかり言っていてはラチが空かないので、
では、どうやったら上流に紹介してもらえるのでしょうか?

めんどくさいので解決策を先に言うと、人間などという下位種に紹介してもらわなくてもいいのです。

人間よりも高次の存在に紹介してもらえればいいのです。









陰隲録の本文でも、科挙の合格者は、審査基準が天界にある話がありました。


【陰隲録】謙虚中るに利あり⑩ 新世界の神不要論



要するに、紹介制度というのは、人間世界の紹介など、枝葉末節なのです。
ひたすら陰徳を積んで、天の審査簿に載れば瑣末な話なのです。

人間の紹介よりも遥かに上位の存在の紹介を受ければ、人間の紹介などどうでもいいのです。

真の紹介制度というのは、人間ではなく、天による紹介なのです。

陰徳は反映されるまでロスタイムがあるため、下手すると、今世で反映に間に合わない可能性がありますが、死後や来世の紹介先は、今世の上流などとは、比較になりません。

文字通り、異世界にチート能力で転生出来る可能性すらあります。

天に紹介されるように陰徳を積むのが賢い人生です。


ちなみに、もちろん逆もありえます。
今世ですら、逆紹介制の、密告やら陰口などもあります。が、天による逆紹介制もあるのです。

そして、そっちのほうが悲惨なのです。

ちなみに、ちょっと脱線しますが、復讐とか天の裁きや天誅と称して、悪人を倒す正義の味方がいます。

現在進行系で被害にあっている人々がいたら、防止のために良いことですが、そうでないなら、実は、放って置いた方が圧倒的に悪人にとって復讐になるのです。

理由は、陰徳には利子があるため、悪事はこの世で成敗されないと、かなりきついからです。

もっと言えば、生と生の間の審査による振り分けが、圧倒的に生前と較べて、厳しいからなのです。

仏教だろうがキリスト教だろうが、天国地獄の刑年数は、半端ではありません。
※厳密に言うと、キリスト教は振り分けたらずーっと永遠。

どう考えても、生前の善事悪事に割りに合わない年数なのです。

仏教だと億年とかそういうふざけた単位の年数が平気で出てきます。
生前の数十年の刑期とか子供レベルです。


現世の開運や運命転換や悪事による裁きなどは、この生と生の間の審査振り分けに比べると、非常にぬるいのです。

要するに、生前に悪人を処罰するというのは、悪人にとって実は、非常に温情主義なのです。
悪事を清算しないで死んだ場合、現世の処罰などと比較にならない酷いことになります。

そのため、悪人に対する一番の復讐は、悪人の現世において処罰を与えないことです。
悪事の清算をさせないで、勝ち逃げさせることなのです。

で、悪人のことはどうでもいいので、話を戻しますが、
要するに、天による紹介制度があるのです。
現世にもありますが、死後の裁きの方が確実にあるのです。

そこで、紹介先が地獄の獄卒だったら、目も当てられません。
輪廻の中で、生と生の間には、誰しもが、次の転生先に紹介されます。

紹介先が天国か地獄かは、全て自業自得です。


現世で誰にも紹介されない・・・
などと、嘆いている場合ではありません。

遅かれ早かれ、誰しもが次の転生先に紹介されてしまうのです。
上か下か、2つに一つです。

その差は、陰徳の如何にあります。

ちなみに、孔子も論語で、有名な言葉を残しています。



子曰わく、
人の己を知らざることを患えず、人を知らざることを患う。


と。
要するに、他人に紹介されないからなど、どうでも良いのです。
それよりは、自分が他人を紹介出来ない不徳を嘆くのです。
そして、真の紹介制度は、天による紹介制度だということを、理解しておきましょう。






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