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その事例が、他の閲覧者様の、新しい積善改過の参考となり、
そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。
はじめに
基本的に、貧・病・争はこの世で、民草が苦しむものです。
さらに、追加するなら、愚と悪も合わせて、貧・病・争・愚・悪の五元素が、この世の苦しみのパターンです。
特に、現代社会では、愚、すなわち知力の欠如による問題が多くなっています。
これは、民主主義・学歴社会になり、身分制がなくなり、一億総自己責任の海に投げ込まれ、結果として、IQや、学習能力の多寡が、人生の成否を決めてしまうからです。
学歴でまずフィルターされ、さらに社会人後もIQや学習力で、出世や成功が決まってしまうのは、ご存知のとおりです。
このブログでは、陰徳やら健康やら色々、人生の開運に役に立つ情報を提供してきましたが、このコンテンツでは、有効な能力開発方や学習方法を紹介していきます。
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その事例が、他の閲覧者様の、新しい積善改過の参考となり、
そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。
因果応報という、バリバリの差別思想を、無理やり擁護するための弁仏論を張る豊河。
とりあえず、
①業の不可知性
②業の窃盗自由
③業の空性
④業の無効論
の、4つの反論を無理くり捻り出す豊河。
2つ目の、
②業の窃盗自由
が開始しています。
業は他人論
要するに、窃盗を正当化する論理を構築しなければいけないのです。
盗人にも三分の理と言いますが、三分(三%)どころでなく、100%肯定しなければいけないのです。
とは言え、今まで、①業の不可知性で述べて来たことで、実質回答しているようなものですが。
業は、ストック状態がわからないから、別に、助けられる側のカルマ(悪業)はもう、この瞬間、終わってるんじゃね?
という、回答です。
※まあ、厳密に言えば、終わっている保証も無いのですが。
要するに、業の解消は盗まれた(助けられた)時点で、もう終わっている。
業は見えないため、そうじゃない証拠はどこにもない。
こんな感じですね。
ちなみに、恩知らずのインド人に、食ってかかられたら、
インド人はイスラムと仲が悪いので、
「お前の業は私に助けられる業(予定)だったのだ。全ては神のみぞ知る。インシュアラー」
と言っておきましょう。
※余計喧嘩になるとは思いますが。
で、前回(①業の不可知性)と同じだと、面白みがないので、無い頭を捻って、
もっと、合理化してみましょう。
理屈と膏薬はどこへでもひっつくものです。
で、困った時は、原型に戻るのがセオリーです。
そもそも、業というのは、元々、関係性で成り立つ代物です。
それ単独では成立しない概念なのです。
関係性とはなんぞや?
というと、要するに、自分と他者がいて始めて成り立つものなのです。
囲碁も将棋も戦争も格闘技も恋愛も結婚も葬式も、どんなイベントも、自分だけでは出来ません。
必ず、相手がいて始めて成り立ちます。
ぶっちゃけ、輪廻は、所詮、一人一人の業による自己責任なのですが、業そのものは、必ず他者に繋がっています。
他者がいなかったら、陰徳すら出来ません。
善業も悪業も出来ません。
さて、この他人がいないとどうしようもないという絶対的な条件が業です。
一人で無人島にいても、陰徳もカルマも積めません。
我々が、業のことを考える時には、この条件がどうしてもからんできます。
業というと、まるで自分の中だけに存在するカルマのように思えてきますが、実際には、全部他人がからんでいます。
病気のカルマとかだと、他人はあんまり関係ない気もしますが、病気になったり健康になったりする業は、他人に対してやったことの現れです。
早い話が、カルマとは、業とは、他人(人でなくても)のことであると言ってもいいかも知れません。
業とはぶっちゃけ、他人のことなのです。
他人を殴るか、祝福するかのことを言っているだけなのです。
どっちに転んだとしても、他人がいなければ始まらないから同じことなのです。
サルトルが「地獄とは他人のことである」と言ったのは、(実際のサルトルが想定した意味としてはともかく)正しいのです。
現代社会は、他人というよりコミュニティに参加しなくても生きていける(厳密には関わっているが)社会なので、
ひきこもりを始めとして、他人に関わる面倒なことをしなくて済みます。
※というより、実質、出家修行者は、ひきこもりのようなものですが。
しかし、他人が関わらないと業が構築出来ません。
そのため、最悪、他人に関わらなくとも、途上国や神社仏閣に寄付寄進するという「他人への関わり」をしないと、徳が貯まらないのです。
めんどくさいでしょうが、これが世界の真理なので、我慢して他人に関わりましょう。
で、次回に続きます。
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因果応報という、バリバリの差別思想を、無理やり擁護するための弁仏論を張る豊河。
とりあえず、
①業の不可知性
②業の窃盗自由
③業の空性
④業の無効論
の、4つの反論を無理くり捻り出す豊河。
2つ目の、
②業の窃盗自由
が開始しています。
盗まれたのはあなたの心です。
さて、とは言っても、
①業の不可知性
②業の窃盗自由
③業の空性
④業の無効論
と、4つも列挙したところで、①をダラダラ言っているうちに、他の項目もだいぶ言ってしまっています。
そのため、②以降は、さっくり終わるはずです(たぶん)。
さて、
②業の窃盗自由
とは何か?
これは、前記事で指摘したように、因果応報理論をこじらせると、
カースト制度になります。
本来、倫理道徳を高めるための、因果応報理論が、逆転して、
他人を助ける事自体が、まるで罪悪のような外道思想になってしまうのです。
女の子を、家に送り届けるまでは紳士だった男性が、家に入るやいなや、狼に変貌するかの如くのメタモルフォーゼです。
「自分が苦しんでいるのは、前世の悪業のせいである」
「だから、助けたりカーストを逸脱するのは、カルマを消去することの妨げになる」
「余計なお世話だから、外人は引っ込んでろ」
「貴様は、俺のカルマの浄化を邪魔し、自分は陰徳を積む。これは業の泥棒行為ではないか?」
こういう変なロジックになるのです。
実際に、インド人はこういうロジックを骨の髄まで信仰しているのです。
ちなみに、21世紀ですよ今。
こんな呆れた思想が未だに世界には存在しているのです。
そして、困ったことに、この思想は、因果応報理論の到達点の一つです。
陰徳思想の我々も、この理論に陥る可能性は高いのです。
前車の覆るは後車の戒め。
このテーマは、非常に、重要なテーマなのです。
さて、
②業の窃盗自由としては、
いや、別にお前のカルマなんて盗んでもいいじゃん、
というロジックを構築しなければいけません。
道徳のために、人様の物を盗むというロジックを構築するという、もう一周回って、悪業なのか善業なのかよくわからん話になってきましたが、
仏教が伝来して2000年経つのに、この超重要な話を、みんな考えないので、仕方がありません。
というか、いつも言っていますが、こういうのは坊主が考えろと言いたい。
普段、因果応報を説いておきながら、近代に入って、差別思想だ!と近代人から突っ込まれると、聞こえない振りをする腐った連中です。
信長を召喚して焼き払いましょう。
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そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。
因果応報という、バリバリの差別思想を、無理やり擁護するための弁仏論を張る豊河。
とりあえず、
①業の不可知性
②業の窃盗自由
③業の空性
④業の無効論
の、4つの反論を無理くり捻り出す豊河。
2つ目の、
②業の窃盗自由
です。
インド人うそつかない
ぶっちゃけ、豊河もダラダラと書いていて、忘れてるのですが、このダラダラとした話は、そもそも、
因果応報がカースト制度みたいに、差別を生むから、弁論しようという話でした。
で、①業の不可知性 は、業が見えない不可知なので、
別に相手や自分の運命とかカルマとか、気にしないでいいよというロジックでした。
で、2つ目の、
②業の窃盗自由という切り口で、別なロジックで、弁論しようということです。
で、そもそもの差別論の、復習ですが、
なんでこんなこと言っているかと言うと、インド人という土人は、
ほんとーにろくでもない土人で、
ガチガチの因果応報(カルマの法則)の原理主義者なので、
我々、日本人が、陰徳で開運はっぴ~♪とかのヌルいレベルでなく、
「今の不幸や身分は、前世のカルマだから、苦行としてカースト制度の不利益を受理する」
「それをやめさせようとしている外国人どもは、迷惑だから出て行け!」
くらいの、ろくでもない思想を持つ土人どもです。
別に、インド人がどうなろうと、知ったことではないのですが、
この日本国において、豊河は、因果応報の支流たる陰徳を宣伝しているので、この問題が微妙にからんでくるから問題なのです。
基本的に、人間は、どうしようもない駄目な生き物で、
自分が苦しい時は、弱者ヅラして他人や神に慈悲を乞うくせに、自分が一転して強者になると、自業自得の自己責任理論を途端に振りかざすからです。
早い話が、みなさんが、陰徳を積んで数年単位で開運して、10年単位で権力者になるとすると、今までの苦労もすっかり忘れて、弱者蔑視の輩になる可能性があるからです。
陰徳を積めば開運出来る。
逆を考えれば、開運できない世間のクズどもは、陰徳不足のナマケモノだからだ。
という、考えになりやすいのです。
因果応報の悪い面。
インド人のカースト制度みたいな落とし穴にハマりやすいのです。
というか、仏教という日本の実質的な国教が、このインド人の思想宗教なのです。
この問題も含めて、日本人の駄目な欠点は、ここらへんにあると思ってるくらいです。
仏教を通じて、日本のシステムが変なエラーを起こしているという可能性です。
幸い、インド人というどうしようもない連中の実例がいます。
前者の覆るは後車の戒め。
インド人みたいなクズになってはいけません。
(ナチュナルにインド人をディスるヘイトスピーチ)
というのが、そもそもの話でした。
では、次回に続きます。