2017年3月3日金曜日

【陰隲録】功過格表⑫ 龍神信仰は組織の長がやってこそ意味があるが、個人の雑魚がやっても・・・ 五十善 家を絶やさないこと。②






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はじめに(ご挨拶とこのブログの目次・地図)


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そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。


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功格五十条(善行のプラス50項目)
・善行の結果として、お礼の金や物品を受けた物を除く

五十善に相当する

○一嗣を延続す。


【龍の如く】


身分の発祥が、対けものフレンズだと言う話が前回です。
要するに、身分の発祥は軍隊なのです。

現代でも軍隊というのは、男の使命だとか国民の義務だとか美化されていますが、実質的に人間を奴隷化する組織です。
どんな理不尽な命令でも、言われば従わなくてはいけません。
死ねと言われて死ななければならない異常な状態です。

戦時と平時ではまるで違います。
常識もモラルも真逆になるのです。

平時では人を殺すことは罪悪ですが、戦時では美徳です。
何もかも真逆になるのです。
これは、陰徳道を極める我々への深い示唆を与える物でもあります。

さて、これが、身分の発祥ですが、さらに敵は大型獣だけではありません。
人間を、古代から悩ますものの代表例は、河の氾濫です。

聖書を含め、大型洪水の神話があるのは、それだけ人間にとって河の氾濫は、外敵だったということです。
洪水は人類の敵だったのです。

狩猟採集や農業にとっては豊かさは喜ぶべきことですが、豊かな河は憎むべき敵なのです。

つまり、管理人の自分(豊河)は人類の敵だった・・・!
今更ながら、自分の立ち位置を知ってしまい、恐怖におののく豊河ですが、人類の敵という二つ名は、何となく大物っぽいのでまあそれは良いとして・・・。

結果、人類には、治水工事が必要だったということでもあります。
河から離れりゃいいじゃんと思うでしょうが、水の確保は人間にとって必要です。

狩猟採取の文明レベルならともかく、農業レベルに文明が発達(要するに人口が増えれば)すれば、どうしても河が必要なのです。

ここらへんは、世界史の始めの方で古代文明が河の近くにあるという事実だけでも、おわかりになるかと思います。
古代エジプトなどは、毎年のナイル川の氾濫を利用して、農業をしていたくらいです。
俗に言う「ナイルの恵み」というやつです。

しかし、その恵みは一皮むけば、暴威の面も見せます。
荒れ狂う河は、その姿からドラゴン(龍)の象徴です。
龍は退治されるべき存在です。

日本でもヤマタノオロチを退治した英雄神のスサノオノミコトの神話は、治水工事のメタファーです。
中国では黄河や長江と言った、巨大な龍を征した存在が、古代の王であり皇帝となりました。

敵だった龍も制御してしまえば、人民の利益になります。
そしてそれを征した存在が、龍と同一化されて、龍は権力の象徴にもなりました。

また、その長い列の姿は、行進する軍隊の姿でもあります。
軍事力を征した者が、支配者なのです。


そして、すでに農業が始まっているということは、富(食料、奴隷の餌、資本)が蓄積出来るということでもあります
富が蓄積したものが身分が高く、また逆に身分が高くて、暴力機構を保持している者ほど、食料を保持出来るということでもあります。

軍隊が身分を作るという話は、そのまま、軍事暴力を握ったものが、身分の上位につけるということです。
これは、軍隊を味方につけるつけないでゴタゴタしてきたローマ帝国の歴代皇帝の例を見ればわかります。

※この例を参考にしたのがマキャベリです。
※諸子百家の韓非子も同様です。軍という力が無い君主は滅びると明言しています。

そして、権力者は、そのまま治水工事という大規模公共事業の、プロジェクトの指導者でもあります。
治水工事は工数(時間と人間とコスト)をたくさん使う、公共事業です。

軍隊と同じで必然的に、チーム編成の管理体制が構築されます。
これも、結局、身分に直結してしまうのです。

公共事業は建築技術、つまり技術階級、頭脳階級の出番でもあります。
さらに都市の建築物も同様です。

そして、頭脳・技術者とは別に、何時の世も、工事には、肉体作業として奴隷の手が多く入ります。
奴隷をかき集めるのは、暴力の力です。
これが軍隊という権力が必要なことは言うまでもありません。

21世紀の現代日本ですら、インフラの労働力はヤクザの領域です。
3.11の、原発作業員の実態が明らかになった時にこの構図が見えた人もいらっしゃるでしょう。

あれは、原発だけでなく、全てのインフラが同様です。
昔はタコ部屋と言われて、借金のカタに入れられていました。
国レベルの単位ならば、今ですら、発展途上国は農業や安価な工業などの、労働力を先進国にピンはねされています。

逆に言えば、このようなインフラ工事をするということは、奴隷階級が必要だという逆説です。
下手に、階級を無くしたり、富を再分配したりしたら、必要なことをやる奴隷がいなくなってしまいます。

貧富の差が無くならない裏の理由がこれです。
スケープゴート(犠牲に羊)は常に必要なのです。
世界は、相も変わらず、生贄を求める神が支配する地なのです。



【素敵な未来】


相互扶助のための身分制は、地域やジャンルなどのセグメント別に、一つの構成として、存在します。
例えば、国ごとですね。

そして、セグメントが違えば当然、別の構成単位が存在します。
ヤクザの団体と同じで、利害が相克すれば、当然、衝突します。

対大型獣の目的だった組織が、対治水工事、農業資本蓄積により身分制を獲得し、より規模を拡大すれば国家となります。

そして、その国家間で、当然、衝突が起きるのです。
身分制度は、敵と戦うという需要のために構築され、そしてその目的が終わっても、さらなる敵と戦い始めます。

外敵と戦うためにプログラミングされたシステムは敵がいなくなっても、自動追尾して敵を探し出すのです。
あるいは、敵を自作自演で作り出してしまいます。

人間は、都合の悪いことは忘れる生物なので、この段階に至って、戦争反対とか国家はいらないとか言い出しますが、身分制(国家)システムが無ければ、人類はまだ大型獣と戦っていたことでしょう。

言ってしまえば、貴様は用済みだー!
と協力者を殺す悪党と同じ手合です。

しかし、実際には、用済みは消されるのが、この非常な世界です。
国家システムがいかに堅固であろうと、需要がなくなれば相手にされない資本主義システムの前には、やはり諸行無常の法則が適応されます。

冷戦が終わってCIAが大幅縮小された例もあります。
漢王朝の功臣である韓信も粛清されました。
何時の世も、狡兎死して走狗烹らるのです。

国境はいらないというのは、平和を唱えるリベラルだけでなく、資本の移動を自由化したい資本家も望んでいます。

過去に、身分の最低単位である家や、今の国境レベルだった都道府県の境界(ヒト・モノ・カネの移動の防止枠)も、現代では、大幅に権威が、消滅しています。

やがては、国境のみならず星間ですら枠がなくなっていくことでしょう。
戦うべき敵がいない世界では身分制は必要ありません。
人間同士で協力し合う意味が無いからです。

そもそも、人間がいなくても高度に発達したロボットが、人間の雑用をやってくれます。

性愛の対象ですら、アンドロイド(セクサロイド)が代用すればいいのです。
少なくとも現代の、異性に縁がない人間にとっては福音の時代でしょう。

愛も憎悪も、友も敵も、恋人も親も子も、アンドロイドが代用してくれます。
理想の人間関係(相手は人間ではありませんが)を提供してくれます。

まあ、もちろん、今度はロボットとの戦いが始まるかも知れませんが。
もしかすると、敵を作り出すというDNAを持ったシステムである身分制システムが、マッチポンプ式にロボットを敵とするかも知れません。

世界中の国家が、自作自演でやっている手法です。
(内部の問題を外に向ける方法)
未来にもそうなる可能性は高いでしょう。



【絶望社会】



さて、マクロな話が続いてきましたが、本来の条項である家単位の話に戻しましょう。
何せ、今回の条項は、

○一嗣を延続す。

なのですから。

以上の身分制を考えてみれば、家という立ち位置が見えてくるはずです。
ジャングルの中の一家では無いため、家は必然的に社会との架け橋になっています。
もっと言えば、社会の巨大な身分制の構成最小単位として、組み込まれているのです。

要するに一嗣を延続すというのは、最小単位を通じて社会全体の維持をするということなのです。

これを逆に考えてみましょう。
どんな巨大な組織も分割すれば、家族単位の最小単位に分割されます。

それは、奴隷階級だけでなく、中間管理職も、上級国民も、トップの権力者でも同じです。
人間が男女の交尾から生まれる以上、家族が存在しない人間はいないのです。

そして、身分制だった時代には、跡継ぎが絶えるというのはそのポストが消滅するということでもあります。
ここで言う跡継ぎは実際の血が繋がっていない、子供も指します。

要するに、組織として次世代がいなくなれば、当然、その共同体は消滅します。

これを見れば、なぜ身分制社会で忠孝が推奨されたかが、わかります。
社会の構成要素である忠(仕事先)と孝(家)に忠誠を誓うということで、社会を維持するということです。

家も仕事先も、下克上で裏切ると、戦国社会に逆戻りです。
今で言う自由競争の資本主義は、強大な国家権力の統制が無いと機能しないのです。

さて、跡継ぎに関して言えば、極端なことを言えば、ある日、地球上の全ての人類の間に、子供が生まれなくなったとしたらどうでしょうか?
当然、一世紀以内に、人類は滅びます。

これに関して、わかりやすい例が、今の日本で存在しています。
俗に言う、失われた20年(30年)。
バブルが弾けた1990年台から、日本中の企業は、新規雇用を控えてきました。

挙句の果てには、派遣という非正規雇用の拡大を始め、企業の構成員は現代の30代前後が、軒並み消滅しています。

氷河期世代と言われていますが、一度、非正規雇用の味を覚えてしまった企業は、もはや戻れません。
ひたすら第二、第三の氷河期世代を生み出し、少子化と若者の貧困化を拡大しています。

当たり前ですが、少子化と若者の貧困化は、日本国の内部の内需と市場を消滅させます。
これが、国力の低下を促進することは火を見るよりも明らかです。

就職による企業の跡継ぎと、家庭内の跡継ぎの、二つの身分制度の跡継ぎを消滅させた、日本国は陰徳的に見ると、もはや莫大なマイナスポイントを貯めてしまっています。

何しろ、NO2の陰徳ポイントの50善の項目を破ってしまっているのですから。

善行50善の、裏には、悪行50悪があります。
その中には、いずれご紹介しますが、

五十善に相当する
○一嗣を延続す。

の裏として、

五十善に相当する
○一人の胤を絶つ。

というものが、あるのです。

江戸時代の次男三男は、今と同じように都会に出て非正規雇用者として、一生、家庭を持てない身分でした。
しかし、少なくとも長男は家を絶やしていなかったシステムです。
現在は、それよりも、酷くなっているのです。

積善の家に余慶ありという言葉がありますが、これは国家にも適用されます。
江戸幕府が消滅したのは、陰徳的に次男三男への対処をしなかった非積善が、原因だったのかも知れません。

だとしたら、今の日本国は、江戸時代よりも悪政を敷いています。

積善の国に余慶あり。
先の大戦で滅んだ日本はそれでも、復活しました。
それだけの陰徳を日本人が積んでいたからです。
(半島への莫大な奉仕など)

しかし、今の日本にその陰徳はあるのでしょうか?
ODAなど莫大な陰徳があるのはわかりますが、現在の日本の繁栄の消費はその陰徳で賄えるものなのか?

きたる活動期の日本列島の大規模クラッシュ(と原発)に、日本国は絶えざるにいられるのか?
いずれその時が来れば、我々は否が応でも、その実相を理解するでしょう。

で、また長々と書いてますが、跡継ぎ条項は、まだ終わりません。

もうちょっとだけ続くんじゃ(ピッコロ編の後の亀仙人のセリフ)
(その後の長いDBZを見ないふりをしながら)






2 件のコメント:

  1. おそらく、今の日本政府はODAを送る対象を間違えている。優れた対象に布施すればするほど得られる果報が増すというけれど、中国朝鮮の政府にそれだけの徳がありますが、と。

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    1. 管理人の豊河です。コメントありがとうございます。
      昔だったら、特亜は、貧困国家でしたので、多少は意義があったでしょうが、今となっては疑問ですね。
      しかし、貧困国家は十中八九、現地政府も腐りきっているので、下手に援助して延命させると却って罪になる可能性も考慮する必要がありますね。
      ここらへんが、陰徳の実施レベルでの悩ましいところです。

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