2018年2月18日日曜日

ありがとうは悪魔の言葉 後編











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ありがとうを受け取らない。
理由は陰徳が、賞賛された分、減るから。

という、ろくでもない論理で、ありがとうという言葉をヘイトしています。

論理というのは、時として、こういう馬鹿な結論に至ることが多く、古くは、
アキレスは亀に追いつけない」
だの、そもそも因果応報を根拠にしたインドのカースト制度など、ろくでもないことを、人類はやってきました。

現代ですら、つい最近まで共産主義という論理で億単位の人間が地獄に堕ちています。

基本、論理というのは間違えるということを、前提にして考えなければなりません。


しかし、人間は、論理から逃げることは出来ません。

解脱して六道輪廻から脱出でもしない限り、生きている以上、必ず、論理と向き合います。

対義語の感情もそうですが、いかに感情と論理の罠をすり抜けて、善業を成すかに、我々の神への進化への道はかかっています。
神の座を目指すならば避けては通れません。

※別に、そんなもの目指していないという方のツッコミは華麗にスルーします。




さて、ありがとうを受け取るのは、すでに陰徳に失敗している証左であり、言われた時点で、賞賛を受け取って福分が減っています。

そのため、ありがとうを言われるのは好ましくありません。

とは言え、逆の立場で言えば、ありがとうを言うのは、コストパフォーマンス的にも悪くはありません。

ありがとうの感謝は、言う立場であれば、負債返済だからです。

どういうことかと言うと、元々、感謝しなければならない立場というのは、すでに相手に助けられているわけです。

助けられるというのは、運がいいということです。

つまり、陰徳ポイントを使用して援助者を召喚したということです。

世の中にはタダの物はありません。

常に、等価交換の法則が働いています。

MP(マジックポイント)を使用しなければ魔法が使えないように、IP(陰徳ポイント)を使用しなければ援助されないのです。

女子高生ですら、お金を援助してもらうのに、体を売っているのです。

何事も、等価交換(質量保存の法則)なのです。

陰徳ポイントが減少しているのは、たしかですが、下手をすればマイナスになる可能性もあります。

あまりにも、膨大な援助があれば、こちらの陰徳ポイントでは間に合わない可能性があるからです。

マイナスの負債のシステムがあるかどうかは、わかりませんが、どちらにしても、援助されると、こちらの陰徳ポイントが減るのは確かです。

そうすると、これ(減少)をなるべく返済することが重要です。

援助されたら、ありがとうの感謝の言葉で、相手を賞賛してこちらの負債を減らす必要があります。

相手に盗られた陰徳を少しでも取り返すのです。

金や物を与えたり、若い女性なら体を差し出したりして、援助されて減った陰徳を取り戻しましょう。

この世界は弱肉強食の世界であり、どんなに平和に見えても、他者を食らうことで成り立っています。

呑気に見えるこの日本ですら、一皮むけば、モヒカンが闊歩している世紀末の荒野なのです。

そして、モヒカンたちが奪い合っているのは、水でも種籾でもありません。

陰徳なのです。

1ポイントでも取り合い、寸土を惜しみ寸利を奪うのです。

いかに、自分が助けられないようにし、いかに、相手を助けるかの過酷なラットレースなのです。

そして、陰徳ポイントがリミットに達したら、「上がり」なのです。

それは、神へと至る蠱毒の壺なのです。



ちなみに、三回にも分けて書いてきましたが、よくよく考えてみれば(よくよく考えてみなくても)、別にお礼を言われても、全然構いませんというか、普通は喜んでいいのです。
皆さん豊河を信じてはいけません。

というか、何だよありがとうを言われたくないとか、ツンデレか?
勘違いしないでよね!
べ、別に貴方のためにやったんじゃないからね!
とか、そういうノリでしょうか?


なぜなら、礼を言われることで相手の陰徳の負債を返済させ、徳を積ませるという、慈悲の心に即しているからです。

相手に徳を積ませるのも、陰徳なのです。

さらに言えば、相手がこちらに援助した時に、膨大な徳を積めるような存在になることが、一番の陰徳と言えるでしょう。

例えば、そこらへんの犬に餌を上げるのと、釈迦やイエスに昼食を奢るのでは、どちらが徳になるでしょうか?

生命は平等という原則ならば、もしかして等価かも知れませんが、まあ、普通に考えて、後者の方が天文学的な徳になるのではないでしょうか?
(ならなかったらすいません)

要するに、何が言いたいのかと言うと、皆さんはありがとうなどと言う立場になってはいけないのです。

ファファファ!
天上天下唯我独尊たる我に、供物を捧げる千載一遇の好機を得られたることを、深甚に思うがよい!



くらいの上から目線てんこ盛りで、貢物を受ける立場(釈迦とかイエスぐらい)に出世しなければいけないのです。

相手に陰徳を与えるというのが最大の陰徳です。

本当に運の悪い人間は、開運のための徳を積むチャンスすら無いのです。

しかし、出世した皆さんに陰徳をすることで、最大限のリターン陰徳を得ることが出来るのです。

皆さんが、権力者になって、弱者に恩恵を与えても、それは皆さんの陰徳が増えるだけです。
弱者側から見れば、膨大な陰徳の負債を得るだけなのです。

相手に、陰徳自体を与えなくてはいけません。

そのためには、皆さんが、相手から、お布施を上げた助けた立場などにも関わらず、ありがとうございますと言わなくてはいけない存在になるのが一番なのです。

本来は、お金や食べ物を貰った側が、ありがとうと言わなくてはいけないのに、あげた側が、ありがとうと言うレベルの存在。

功徳を積ませて貰ってありがとうございますと言われる存在です。

陰徳を積んで積んでつみまくって、やがてはそのような人間を超えた存在になるのです。

そして、その存在を助けることが最大限の陰徳になるような存在になる。

つまりは、神仏になることこそが、最高の陰徳になるのです。

それこそが、陰徳の至高の段階です。







4 件のコメント:

  1. 神か悪魔か、お筆先は豊河さんの頭脳と経験なのか、いずれにしても普通では有り得ない発想。無意識に体得出来るよう、コツコツ精進しようと思います。

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  2. 本日2月19日は、ブログ引越し1周年です。おめでとうございます!

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  3. 匿名様

    管理人の豊河です。

    仰る通り、基本的に、こういう理屈は本来、不要でひたすら善行を成していけば良いかと思われます。
    因果応報理論は、このように、論理詰めていくと非常に怪しい理論ですので、やはりあまり疑問に思わずにいるのが正解です。
    というより、因果応報理論を考えたのはインド人ですので・・・。
    悪いのは豊河ではなくインド人です(責任転嫁)。




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  4. 冥府魔道様

    管理人の豊河です。

    いつもありがとうございます。
    何となくこのブログサーバは使い勝手が悪いので、また引っ越しするかも知れません。
    まあ、無料ブログに文句をつけてもしょうがないのですが。
    天下のGoogle様にしては、ダメダメブログサーバです。

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