2020年3月7日土曜日

五行と陰徳⑭ 善→無明パターン










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そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。




相剋





さて、今まで見てきた五行論で、右回りに一周しました。

今まで、上の図ですと上の伝統的な中国の五行論に、仏教の因果応報を組み合わせて、下の五行論を構築してみたわけです。

というか、すでに一周していて今更何ですが、まずは普通の伝統的中国の五行論を語った方が、親切だったような気がします。

まあ、いいや!(てきとう)

というわけで、外回りの一周(相生)の考察が終わりましたので、次は内回りの五芒星を見てみましょう。

今度は、相剋と言って、今までの生み出すいい関係と違って、お互いがぶつかりあう関係です。
基本、→ が向かってる先にぶつかります。
※厳密に言うと、逆尅と言って、ぶつかる先が強いと跳ね返って来たりします。

そのため、エラー扱いですが、自然界に存在する以上、善い悪いの差はありません。

ただの科学的な反応に過ぎません。

では、見ていきましょう。


善→無明




今まで、上から右下への、善→楽→無明の流れは見てきました。

善をすると因果応報で楽が結果として生まれる。
そして、楽な人生になると、安楽に執着して、また試練が無いため、人格が育たず、無明が生まれると。

まあ、わかりやすく言えば、成り上がりから成功して、2、3代経つと、バカなボンボンが出るような物です。

で、その右回りではなくて、楽を飛ばして、善から無明への五芒星の→のルートを見てみましょう。

これが、相剋ルートです。

通常のルートを一つ飛ばす形になりますね。
この場合は、順調に生まれる相生ルートではなくて攻撃するルートになります。

善が、無明を攻撃(剋)する形となります。

これは、どういうことでしょうか?

ちなみに、豊河は自分で作っておいて何ですが、何せ、世界で初めて作った図(五行論と仏教の合体)なので、いきあたりばったりで考えています。

※さらにちなみに、世界で初めてとか言っていますが、もしかしたら世界は広いので豊河が知らないだけで、とっくの昔に誰かがやっている可能性がありますので、知っていたら教えて下さい。それまでは、創始者、権威として威張りたい放題です。

で、善が無明を攻撃するということですが、これは、ぶっちゃけ、ぱっと見ただけでは良くわかりません(実際、豊河も良くわかりません)。

しかし、そこは五行論と言う、優れたシステムです。

理解は、善→無明で、すっ飛ばした楽があることに気づくと、判明できます。


無駄遣い





これは、楽という因果の善業の果報のストックによる、福徳の無駄遣い防止策です。

何を言っているのかよくわからないと思いますので、説明しましょう。

因果応報の理論で、善を積むと、善いカルマとしてやがてタイムラグを経て、幸福(楽)がやってきます。

わかりやすく言えば、貧乏人に寄付したら、出世したとかそういう類です。

でも、逆を言えば、幸福(楽)が来て消費してしまうことで、善業のストックを消費してしまうのです。

よく開運法にありますが、美食を控えることによって、運の無駄遣いを防いで開運するというやつです。

というか、過去記事で水野南北の記事書いてますね・・・。

つまり、皆さんが、開運しても、いきなり、派手なスポーツカーに載って、六本木のマンション買って、美女と毎日ハーレムしたりとか(IT成金か?)、しないほうがいいですよというお話ですね。

いや、皆さんの人生ですので、別に、してもいいのですが、せっかく蓄えた徳ですので、そんな下らないことに使ってしまうと勿体無いおばけが出ますよ、というお話です。

前にも書きましたが、実は、貧乏人よりも金持ちの方が開運しやすいのです。

理由は、余剰所得、可処分所得があるため、生活費を引いても寄付とか寄進とかに使える金額が大きいからです。

大金持ちになれば、その権力で何万、何億もの人間を幸福にすることが出来ますので、開運、間違い無しなのです。

※もちろん、その分、悪業をすると膨大なカルマが発生して地獄の底に真っ逆さまなのですが。

無明というのは、仏教の言う法則を知らない無知のことです。

すなわち、

諸行無常
諸法無我
一切皆苦
涅槃寂静

です。因果応報も入れても良いですが、要するに、徳の無駄遣いとかそういう発想そのものです。

善の因果応報で楽を覚えてしまうと、それが安楽なため執着してしまい、それが永劫に続くと錯覚(これが無明)してしまうのです。

世の中のシステムは、上の諸行無常~の世界ですので、楽な状態でのんべんだらりとしていると、そのままの状態ですら、どんどん徳を消費してしまい、無くなれば、下に真っ逆さまです。

油断してはいけません。

ということで、この善→無明はそんな、ありがたい教訓を教えてくれます。

ちなみに、五行論の相剋って、本来は相生に比べて、エラー扱いで、悪い意味なのですが、元々の五行論の自然界の流れが、輪廻の輪の中でぐるぐる回るような、仏教的にはデフォルトで迷いの世界のため、相剋状態の方が、(仏教的に)正しいというヘンテコリンな結論になっています。
正直、いきあたりばったりで構築している豊河もびっくりです。

まあ、こういうものは、代々伝わるものの最初の発見は、こういう意図しないような発明品で、要するに、神伝仏授というやつでしょう。

要するに、人智で考えて、作れるものではなく、無意識の発見とかそんな感じなのでしょう。

では、次回は、五芒星の次のルートの、無明→苦の相剋パターンを見てみましょう。





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