2018年3月17日土曜日

陰徳無駄使い論への反論その①










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贅沢は味方だ





前回は、運(陰徳ポイント)の無駄遣いをやめるために、節約生活をしろという話をしました。

しかし、そもそも、そんな苦行僧のような生活をして人生楽しいのでしょうか?

そもそも、人間は不幸を嫌がり幸福を求める生物です。

苦を回避して楽を求めると言ってもいいでしょう。

思いっきりその、生命の本質に逆行しています。



ここらへんが、因果応報論の変な論理の一つで、今までちらほら述べてきましたが、因果論をとことん追求すると、変な結果になりやすいのです。

よく、無意識の選択で、良い選択肢を蹴って、苦労する選択肢を選んでしまうという話があります。
父親がダメ男だった娘が、成長するとなぜかダメ男に魅力を感じて結婚してしまうなどの話は、皆さんもよく耳にするかと思います。

上記は子供の頃の家庭の環境が、無意識的に大人になっても人生を左右するという例ですが、それを意識的に行おうと言うのが、前回からの因果論から来るライフスタイルです。




まさに人を不幸にする邪教の論理です。

抜苦与楽を施すのが、宗教の役割ですが、なぜあえて、衆生に抜楽与苦を施すのか?

およそ、人生はより高いところを目指すべきであり、そのために克己努力するのです。

妥協して低いところに行ってはいけません。

受験ならば、偏差値が一つでも高いところを目指し、就職ならば賃金が一円でも高いところを目指さなければいけません。

寸土を争い寸利を奪う。




弱肉強食のこの大自然の中で、グレードを下げることは、死に繋がります。

上記のダメ男の例ですと、およそ生物の牝にとって、配偶者の強弱は自分と子供の生死に関わります。

ランクを下げて、弱い男と配偶することは悪であるといえます。

もっと人間的に、恋愛の分野だってそうです。

つい最近まで、家単位の結婚の方が個人の恋愛よりも上位の優先度だったので、好きな異性と結婚するのはまず無理でした。

大半がお見合い結婚で、恋愛などは美男美女の世界の話だというのが、日本の一般の観念でした。

自分の好きなことをやれるのが近代以降の個人主義です。

逆を言えば、せっかく手に入れた近代以降の自由社会に逆行する観念だと言えましょう。

昔の人間は、自分の意に沿わない結婚相手やら就職先やら選択を矯正されてきたのです。

選択肢のランクを下げる、グレードをわざわざ下げるというのは、贅沢になれた現代人のセンスなのです。


そして次回も反論の続きです。



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