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そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。
【開運講座:陰隲録・功過格/袁了凡】のシリーズ記事一覧はこちら
今日の陰徳の考察は、善意と結果の矛盾についてです。
その名はアグネス仮面
寄付を含めた陰徳において、これまた重要な観点の話です。
陰徳実施時において、善意の動機と実施の効果の差異が生じた時に、陰徳ポイントはどうなるのか?
という点です。
分かりやすく言えば、被災者に寄付しようと慈善団体に寄付しました。
ところが、そのお金が、中間搾取されて、主催者の豪華な生活や、別の政治活動に使われていた場合です。
まあ、具体的に、どことは言いませんが。
こちらは、善意で寄付したのに、そのお金が慈善に使われていなかった。
さて、このような場合、この陰徳は無効になってしまうのか?
さらには、逆の場合もそうです。
結果が慈善になっても、過程の認識が、善意でなくてはならないのか?
例えば、見返りを期待して(陰徳で開運とかまさにそれです)の慈善は効果が無いのか?
悪意で為した行為がなぜか慈善の陰徳になったら?
このような問題です。
これについて、考察してみましょう。
とりあえず二点の考えが浮かびます。
結果を出さなきゃゴミ・・・!
現代人的な考えだと、ぱっと見、この問題は、慈善と言う結果が出てないので、陰徳が無効になるのでは?と、まず思います。
また、慈善の過程において、善意があろうがなかろうが、結果が善になるなら、問題ないという考えも、現代人なら普通に考えます。
これは、結果重視の現代人的な考えであり、今の時代では当然です。
成果が無ければ、無駄骨です。
頑張ったから結果が負けても良いというのが許されるのは、学生までです。
進撃の巨人の情報を得るための調査団が、何の成果も得られませんでしたでは、お話になりません。
現実社会は弱肉強食であり、熾烈な生存競争の世界なのです。
プロセスはどうでもよくて、結果が全てなのです。
このような世界で、寄付先が犯罪組織だと知らなかったからでは済まされません。
陰徳無効になるだけならまだしも、悪業仕分けになって、
陰徳がマイナスポイントになってしまう可能性すらあります。
例えば、一般に神社仏閣に寄進するのは、効果が高いと言われています。
しかし、寄進先が新興宗教やオウムだったらどうでしょうか?
例え、寄進者の認識が最終解脱者に寄進している尊い布施と信じていたとして、それは陰徳になるのでしょうか?
また、相手が悪人だと信じて、善人を殺してしまった場合、知らなかったから、罪にならないということがあるのでしょうか?
これを考えれば、動機重視の考えは、信頼性が低いことがわかります。
実際の効果を考えなければ、意味がありません。
陰徳すら出来ないこんな世の中じゃ
ぶっちゃけ私も、現代人なので、結果重視の上記のような考えです。
動機重視というのは多少無責任ではないかと思います。
しかし、心の動機の美しさの重要性は、ある程度わかりますので、百パーセントの反対ではありませんが・・・。
基本、陰徳の一つの分野としての寄付。
この寄付先の信用度は、出す方の自己責任の世界になってしまいます。
そもそも論として、寄付先がまともかということすら、運の領域です。
運の良い人は、寄付したり陰徳しても、その対象はまともです。
運の悪い人は、寄付したり陰徳したら、その対象は詐欺師です。
要するに、本当に運が悪い人は、開運のための最後の砦である陰徳ですら、成功しないのです。
たぶん、過去世において、ただの悪事だけではなく、
善意をふみにじる悪事のパターンのマイナスポイントを積んだのでしょう。
豊河のような天が遣わした聖者(自称)を、迫害したのかも知れません。
善意に対する悪事は、ただの悪事よりも罪が重いのです。
このような場合には、単純に陰徳を積むだけでなく、宗教で言う懺悔や神仏にとりなしを願うのが良いのかも知れません。
神仏は善のエネルギー生命体ですので、この手の相談には乗ってくれるでしょう(たぶん)。
それにしても、開運するための陰徳が必要で、その陰徳が成功するためにさらに一手間必要とか、
もう、何がなにやらわかりません。
因果の法則は、大元は、原因と結果の法則とは言え、果てしなく原因を突き詰めていった先に一体何があるのか?
アリストテレスは、その究極の存在を不動の一者と呼び、後にキリスト教神学がパクリました。
その存在は、神か仏か?
鬼か悪魔か?
しかし、それでも最後にその場にいるのは、やはり人間かも知れません。
次回も、この問題を考察していきましょう。
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