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陰徳や積善積徳、改過の話やコツなど、体験談を大募集中です。ご遠慮無く、ご書き込み下さい。
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その事例が、他の閲覧者様の、新しい積善改過の参考となり、
そしてそれが、さらに陰徳になるという、好循環のスパイラルです。
功格五十条(善行のプラス50項目)
・善行の結果として、お礼の金や物品を受けた物を除く
十善に相当する行為
◯一有徳人を薦引す
前回は、このブログの最大の眼目である、因果応報と言う思想そのものが、差別主義のクズ思想であるという、ツッコミを提示しました。
今回は、それに反論していきましょう。
とりあえず、豊河がぱっと思いつく反論は、下記の項目です。
※たぶん、話してる内に混ざっちゃうので、項目番号などは変更の可能性がありまうs。
①業の不可知性
②業の窃盗自由
③業の空性
④業の無効論
まず、
①業の不可知性から、見ていきましょう。
愛がないと見えない
そもそも論として、ぶっちゃけ言って、そもそも業というのは見えません。
このブログで、上から目線で言っている陰徳だって、実際にあるかどうかわかったものではありません。
あったとしても、今、何ポイントか?
逆にマイナスは何ポイントか?
みたいな、感じの、
わかりやすい、RPGのステータス上で、見ることが出来ないのです。
トラックに轢かれて異世界転生すれば、別かもしれませんが、今、我々が居る、この美しい星のジ・アースでは、
「ステータスオープン!」
と唱えても、個人のステータス情報は見ることが出来ないのです。
今、自分が陰徳ポイントが何点貯まっていて、逆に罪業ポイントが何点貯まっているのか?
このステータスが管理者の神から、閲覧禁止になっている以上、我々は、業のことは正確には言えないのです。
まず、この大前提が存在します。
我々が、功過格をつけているのも、これが原因です。
デフォルトで、陰徳ポイントが、Dポイントアプリのように可視化されていれば、わざわざ表記する必要もありせん。
見えないからこそ、わざわざ計算しているのです。
しかも、この功過格はあくまで、現世の後天的なポイントです。
前世までのポイントが全く不可知です。
しかも、善悪の判断基準が、よくわからないという問題がプラスされます。
我々人間が、勝手に計算して点数をつけていますが、天界?の法則から見たら、ポイントの付け具合がどのくらい合っているのか全く不明です。
刑法の罪刑法定主義の原則が、全く適用されていない世界なのです。
現在の法体系では、人間の行動の自由を保証するために、何が罪なのか明記されています。
そうしないと、我々の行動が、自由に出来なくなるからです。
しかし、この目に見えぬ冥則は、全く不明確です。
功過格は、明の次代の産物ですので、現代の良識や法律に合っていない部分も多いのです。
そのため、たぶんこうだろう程度のレベルで、我々は善悪の計算をするしかないのです。
早い話が、我々が問題無いと思っていた行為や、善であると思ってた行為が、冥則で、アウトの可能性すらあるのです。
死ぬ時に、今回の人生はいいことしまくったなあ。
さあ、閻魔の前で自慢してくるかー。
と、意気揚々で、閻魔裁判の前に出頭したら、
思いもよらない事柄が、罪に引っかかって、
はい、豊河!アウトー!
(年末のダウンダウンのノリで)
となる可能性は十分にあります。
まるで薄氷を渡るが如きのリスクがあるのです。
帰納法
業のシステムが見えない以上、我々は、人間が出来る方法で、つまり科学的に対応しなくてはいけません。
幸い、人間は、帰納と演繹の能力があり、自然界や現象界を観察して思考することが出来ます。
「因果応報がある」という大前提を元に出発して、現象を観察した場合、単純に、今や過去の状況の個人歴史から、業を推測出来るのです。
単純に考えて、例えば、自分がやられていることを前世でやったと考えれば良いのです。
つまり、逆を言えば、今と過去の状況が現実として出ないうちは、業はわかりません。
現実を見て、類推するしかない。
今、金持ちだったら、過去世で貧乏人を助けたのだろうし、今、貧乏だったら、過去生で貧乏人から搾取したのだろうと言った、単純明快な公式です。
前世や今の業がどれだけあるのか?
というのは、そのまま、未来への不確実性を意味します。
どんな業があるかわかったものではないので、明日、いきなり死ぬかもしれないし、宝くじが大当たりする可能性もあるのです。
陰徳を積んで開運しようとしても、莫大な業が前世から引き継でいたら、焼け石に水程度の開運効果しか無いかも知れません。
※まあ、実際には、そういう突発イベントが無くても、今の現状を見れば、未来予測はだいたい想像がつきますが。
少なくとも、業がどうなっているかは全くわかりません。
で、この業の、(少なくとも前世の業は)結果からしか、わからないという業の不可知性が、問題の業の差別論に反論出来る燃料となりえます。
ということで次回に続きます。
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